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2024年から2025年にかけて、世界の鉄鋼業界は歴史的な規模のM&Aと戦略的投資を経験しました。これは単なる生産能力の再編に留まらず、グローバルな生産チェーンと市場の勢力図を大きく変化させています。本記事では、この期間に実施された主要な世界の鉄鋼業界におけるM&A事例を深掘りし、その戦略的意図と業界への影響を分析します。
北米市場における日系企業の戦略的進出と再編
この期間で最も注目を集めたのは、日本製鉄によるUSスチール買収です。日本企業による過去最大の買収額となる149億ドルを投じ、日本製鉄はUSスチールを完全子会社化しました。この取引はドナルド・トランプ氏の承認を得たものの、「ゴールデンシェア」の導入により米国政府がUSスチールの戦略的決定に拒否権を持つなど、厳格な国家管理下に置かれています。しかしながら、日本製鉄は2028年までに米国資産へ110億ドルを投資する計画を発表しており、この戦略市場への長期的な関心を示しています。
一方で、ArcelorMittalも北米市場で積極的な動きを見せました。Nippon SteelとのAM/NS Calvert合弁会社の持分を全て買収し、完全に自社資産としました。加えて、アラバマ州の設備近代化に30億ドル以上を投資し、新しい電炉(EAF)建設や無方向性電磁鋼板の生産を目指します。このCalvertサイトはArcelorMittalの新たな米国拠点となり、世界の鉄鋼業界におけるM&Aが北米での存在感をさらに強固にしています。さらに、Cleveland-CliffsはStelcoを25億ドルで買収し、フラットロール鋼市場での影響力を拡大しました。
欧州・南米における資産の最適化と市場参入
ArcelorMittalは欧州でも資産の最適化を進めています。ボスニア・ヘルツェゴビナのゼニツァ工場とプリイェドル工場を地元投資家Pavgord Groupに売却しました。同時に、フランスのVallourecの株式28.4%を10億ドル以上で取得し、プレミアムエネルギー製品分野での地位を強化しています。加えて、ブラジルの大手パイプメーカーTuperの株式60%を取得し、ラテンアメリカへの再投資も積極的に行っています。
欧州の世界の鉄鋼業界におけるM&Aでは、voestalpineがドイツ子会社Buderus EdelstahlをMutaresに売却し、イタリアのITALFIL買収を通じて溶接技術分野での地位を強化しました。ThyssenkruppはチェコのEP Corporate Groupに製鉄事業の一部支配権を譲渡し、50/50の合弁事業を設立することで市場競争力を高める計画です。Jindal Steel InternationalはチェコのVítkovice Steelの買収を完了し、オストラヴァの生産のグリーン化に1.5億ユーロを投資する方針です。イタリアのMarcegagliaは、フランスのAscometal Fos-sur-Mer工場の買収を裁判所から承認され、その近代化に6億ユーロを投資することを約束しました。
一方で、Liberty Steelはグローバル市場で急速に地盤を失っています。資産の多くが危機的状況にあり、売却を進めています。オーストラリア政府はWhyalla Steelworks工場の売却プロセスを開始しました。ルクセンブルクのDudelange工場売却はEU規制変更により破談し、ポーランド、チェコ、ベルギー、ハンガリーでの破産が続く中、Libertyの状況は体系的な問題となり、各国政府が社会不安回避のために介入を余儀なくされています。
Salzgitter AGは潜在的な買収者との交渉を停止し、独立路線を維持する決定を下しました。同社はSALCOS®プロジェクトを通じた水素化変革と、P28効率改善プログラムの倍増に注力しています。スペインのGrupo Celsaは、債務削減のため英国とスカンジナビアの工場をSev.en GIファンドに売却しました。イタリアのAcciaierie d’Italia (ADI)は依然として困難な状況にあり、アゼルバイジャンコンソーシアムへの売却交渉が進められています。
金属フォーカス 編集部コメント
2024年から2025年にかけての世界の鉄鋼業界におけるM&Aは、地政学的要因、脱炭素化の潮流、そしてサプライチェーンの強靭化が複雑に絡み合った結果と言えます。北米市場への戦略的進出、欧州における資産最適化と新技術への投資、そして一部企業の再編は、今後3年から5年の鉄鋼生産の新たな地理的構造を決定づけるでしょう。特に、EU市場が貿易障壁によって保護される傾向にある中、欧州資産の獲得は市場アクセス確保の重要な手段となるため、今後も活発な動きが続くと予測されます。