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EU electric steel |
電炉製鉄の低炭素性とその潜在力
欧州の製鉄産業において、高炉転炉(BF-BOF)方式と比較して、電炉(EAF)方式は相対的に炭素排出量が少ない生産プロセスとして知られています。電炉は主に鉄スクラップと直接還元鉄(DRI)を原料とするため、その低炭素製鉄への貢献度は大きいと言えます。しかし、これまでの脱炭素化の議論では、電炉製鉄が持つ独自の課題と潜在力が十分に注目されてきませんでした。特に、業界がスクラップ利用と再生可能エネルギーへの移行を進める中で、電炉製鉄における脱炭素化への取り組みは、欧州製鉄産業全体の公平な競争環境を確立するために不可欠です。
ファストマーケッツ主催の「International Iron Ore & Green Steel Summit 2025」では、スペインの電炉メーカーであるセルサ・グループの輸出ディレクター、アレクサンダー・ゴルディエンコ氏が、この低炭素製鉄における電炉の役割と課題について言及しました。欧州では現在、鉄鋼の約55%が高炉転炉方式で生産され、1トンあたり2.0~2.2トンのCO2を排出します。一方、電炉方式は約45%を占め、EUが2050年までにネットゼロ排出目標を追求する中で、この割合は57%に増加すると予測されています。
グリーン鉄鋼の定義と電力コストの課題
グリーン長尺鋼の定義に関して、ゴルディエンコ氏は「動く標的」であると指摘しました。排出量基準は時間とともに厳しくなっており、半年前は500kg-CO2/トン以下であったものが、現在では400kg-CO2/トン以下を基準としています。将来的には300kg-CO2/トン以下になる可能性も示唆されました。これは、低炭素製鉄における排出量削減競争が激化していることを意味します。
一方で、電炉製鉄はエネルギー効率において高炉転炉に劣るという課題も抱えています。高炉転炉が鋼材1トンあたり0.05MWhを使用するのに対し、電炉は0.45MWhを使用し、最大10%エネルギー効率が悪いとされています。加えて、欧州における高騰する電力コストが電炉製鉄の競争力を著しく阻害しています。再生可能エネルギーグリッドにおける電力価格の大きな変動は、電炉メーカーの製鉄コストに甚大な影響を与え、鋼材1トンあたり最大70ユーロの追加コストが発生することもあります。これは、欧州外の競合地域と比較して電力料金が大幅に高く、炭素国境調整メカニズム(CBAM)があっても輸入鋼材が競争力を維持する要因となっています。この高コスト構造は、低炭素製鉄への移行における大きな障壁です。
スクラップ供給の制約と公共資金の偏り
低炭素製鉄への移行におけるもう一つのボトルネックは、高品質な鉄スクラップの供給不足と国内価格の高騰です。欧州では年間約1億トンのスクラップが生成されますが、その20%が国内価格よりも安価に輸出されています。これにより、欧州国内の製鉄所はスクラップ調達コストが1トンあたり20~40ユーロ高くなっています。特に電炉フラット製品に必要な低銅スクラップの生成量は年間約100万トンに過ぎず、将来の需要を満たすためには大規模なインフラ投資が不可欠です。欧州委員会はスクラップ輸出関税や規制の導入を検討していますが、域内のスクラップ加工業者からは需要不足を理由に反発も出ています。
さらに、グリーン製鉄移行のための公共資金の配分にも偏りが見られます。ファストマーケッツの推定では、2024年末までに140億ユーロ以上の公共資金がグリーン製鉄に投入されましたが、そのほとんどが高炉転炉ベースの製鉄所に向けられました。既存の電炉メーカーへの資金提供プロジェクトはほぼ皆無であり、これは電炉製鉄が直面する資金調達の難しさを浮き彫りにしています。公平な競争環境と低炭素製鉄の加速には、電炉製鉄に対するより公平な資金配分と、固定された再生可能電力料金制度の導入が強く求められています。
金属フォーカス 編集部コメント
電炉製鉄が本質的に低炭素であるにもかかわらず、その脱炭素化が直面する課題は、欧州のエネルギー政策と市場構造の複雑さを示しています。高騰する電力コストとスクラップ供給の制約は、電炉メーカーの競争力を著しく低下させ、低炭素製鉄への投資を鈍化させる要因となっています。今後、より実効性のある政策支援と、スクラップの域内循環を促進する具体的な措置が講じられなければ、欧州の脱炭素目標達成は困難に直面するでしょう。