緑色鋼鉄革命の電力課題:欧州の産業競争力と未来

EU Green Steel

 欧州連合(EU)は、気候変動対策として緑色鋼鉄(グリーン・スチール)革命を推進しています。しかし、この変革は安価でクリーンな電力の供給という大きな課題に直面しています。もしこの問題が解決されなければ、緑色鋼鉄は一部の国しか手の届かない「贅沢品」となる可能性があります。最新の研究「EU電力市場:鉄鋼産業のグリーン移行における課題」は、この喫緊の課題に焦点を当てています。


欧州鉄鋼産業の電力需要急増と再生可能エネルギーへの依存

欧州鉄鋼連盟(Eurofer)によると、欧州の鉄鋼産業における電力需要は、2030年までに倍増し、2050年には現在のフランス全体の消費量に匹敵する400TWhへと5倍に増加すると予測されています。この膨大な電力需要を賄うため、EUは再生可能エネルギー、特に風力と太陽光発電に大きく依存しようとしています。フランスやスウェーデンといった国々では原子力発電もその一翼を担いますが、2030年までにエネルギーの42.5%を再生可能エネルギーで賄うという目標達成には、数々の障壁が存在します。許可取得の遅延やインフラ整備のボトルネックが風力・太陽光プロジェクトの進捗を阻害し、さらに天候に左右される間欠性という問題は、鉄鋼プラントの安定稼働を脅かします。エネルギー貯蔵や水素バッファ、そして送電網の柔軟性向上への大規模な投資が急務ですが、これらのソリューションはまだ発展途上にあります。


緑色鋼鉄の実現を左右する電力価格と地域格差

緑色鋼鉄の実現可能性は、電力価格に大きく左右されます。例えば、電力が1MWhあたり100ドルに達すると、電力コストが生産コストの40%を超え、緑色鋼鉄の採算性を損なう可能性があります。現在、欧州の電力市場は非常に分断されており、スペインの電力価格はイタリアの2〜3倍も安いという状況です。これにより、フランスやスペインなど低コストの国々では製鉄企業が優位に立ち、イタリアやポーランドなど高コストの国々では競争力を失うリスクに直面しています。この電力価格の地域格差は、EU域内での「カーボンリーケージ(炭素排出量の漏出)」を引き起こし、生産拠点がエネルギーコストの低い国へ移転する可能性も指摘されています。


欧州が講じるべき対策と課題

欧州は、緑色鋼鉄革命を成功させるために、大規模な送電網の拡張、原子力発電と再生可能エネルギーの最大限の推進、そして産業用電力価格の上限設定や補助金といった政策を検討しています。しかし、送電網の拡張には多額の投資が必要であり、また電力価格の抑制は新規発電設備への投資意欲を削ぐ「エネルギー・トリレンマ」を招く可能性があります。一時的な補助金への依存は、長期的な競争力を損なう懸念もあります。北アフリカからの安価なグリーン水素輸入も議論されていますが、現実的には水素生産能力を持つ国々が、水素そのものよりも水素を活用した低炭素製品の輸出を優先する可能性が高いでしょう。


金属フォーカス 編集部コメント

欧州の緑色鋼鉄革命は、単なる産業変革にとどまらず、エネルギー供給の安定性、国際競争力、そして地政学的なパワーバランスにも大きな影響を与えます。安価で安定した電力供給の確保は、脱炭素化を推進する上で不可欠な要素であり、各国の政策決定がその成否を分けるでしょう。この課題への対応は、世界の金属産業における投資、技術開発、そしてサプライチェーンの再構築に波及する可能性を秘めています。


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